午前中から取材や撮影のため、会社でメイク。
待ち時間にテレビを見ていたら、ちょうど「笑っていいとも!」が始まった。
しっかしタモさんも長いことこの番組やっているな〜、ということで、今日の暇つぶしのためのWikipediaは、
「笑っていいとも!」
について、もっと掘り下げてみよう!
『森田一義アワー 笑っていいとも!』(もりたかずよしあわー わらっていいとも!)は、フジテレビ系列(FNN・FNS)で、1982年(昭和57年)10月4日から放送されているタモリ(この番組では本名の森田一義名義)が司会を務める平日昼帯のバラエティ番組であり、長寿番組でもある。通称:笑っていいとも!、いいとも!。
ってか、まず正式タイトルがあるのね。(笑)
昭和57年ってことは、俺が3歳の時から始まってるんかー。
関東地区では、開始当初から番組開始(12:00)と同時に時報があったが、2006年からなくなった。
そういえば、昔は時報あったわ!
ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・ポーン!
「お昼休みは〜」
みたいな流れが自然と頭に思い浮かぶ。(笑)
いつの間にかなくなったんやねー。
第1回から何年かはタモリの髪型はディップをたっぷりつけた七三分けだった(〜1989年)。その後は5:5分け(俗に言われていたバレンチノカット)にしていたが、1990年に起きた自ら所有するヨットの支柱に額をぶつけたあとに現在のオールバックになっている。サングラスについては、この番組での最初のものはこの番組のみでつけ、他番組では違うものだった。なお、サングラスは番組中1990年、1991年、1995年、2002年の4度変更している。
何年か前にお台場に行ったとき、ちょうど「いいとも」の特集イベントみたいなのやってて、いろいろと写真とかが飾ってあったんやけど、最初タモさんのサングラスが薄い茶色っぽいやつやったんやってなー。
目とかがちょっと見えてるやつ。(笑)
司会のタモリも2005年8月22日で還暦(60歳)を迎え、高齢になったことにより、司会交代や打ち切りなどの噂もちらほらではあるが出てきている。
タモさんももうそんな年齢なんかー。
テレビで見ている限り、まだまだ元気そうやけどね。
なんかいざキャスティングが変わったとしたら、めっちゃ違和感感じそうやなー。
2006年3月28日の「なぞなぞ将軍ちゃま」内で、中居正広が、登場早々泣き出す出題者の女児に手の打ちようがなくなり、女児に調子を合わせるように、「もう人前で歌いたくないよ〜」等と泣き真似をしながら訴えた。また、その混乱に乗じてタモリも、「毎日昼間から生放送やりたくないよう〜。もう24年海外旅行行ってないよ〜」と、同様に心情を吐露し、山口智充に「タモさんそんなこと思ってたんすか?」と突っ込まれた。
確かに平日は毎日だから、旅行も行けないわな。(笑)
収録とかだったらまとめて撮れるけど、生放送はそういうわけにはいかないからね。
ホントすごいわ。
冒頭で流れる『ウキウキWATCHING』(作詞:小泉長一郎、作曲:伊藤銀次、編曲:鷺巣詩郎)が有名。第1回以降、オープニングでタモリの登場と共に、アシスタントである「いいとも青年隊」と同曲を歌って踊る事が毎日の慣習となっていた(注・第1回はタモリが出てくるタイミングを間違えて、きちんと歌うことができなかった)が、2000年3月31日放送分を最後にタモリは歌わなくなり、現在ではオープニングは短縮されている。タモリが歌わなくなってしまった理由は、タモリ自身が「歌うのは恥ずかしい」と当時のプロデューサーだった荒井昭博に頼みこんだということだという(2000年3月の放送分より)。またタモリは「生放送で歌う司会者なんている?」などとも語っている。ただし現在でも、「特大号」では歌っている。
だから歌わんくなったんかー!(笑)
でも言われてみれば、生放送で歌う司会者って変やな。(笑)
俺も昔古市と一緒にこの曲を耳コピーして、路上とかで歌ったことがあるだけに、なかなか思い出深いです。(笑)
う〜ん、こうやって改めて調べてみるとめっちゃ歴史を感じる。
本当に総合司会者のタモさんはすごいわ。
上記にも書いてあったようにいつかは引退ってことになるんやろうけど、それまでは精一杯頑張ってほしいものです!
なんせ、『森田一義アワー 笑っていいとも!』なんやからね。
俺らもテレホンショッキング出れるように頑張ろ。(笑)
じゃ、またねー。
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